異名同音について〜某奏法の本をぶった斬る〜

なんでも異名同音と言って

「ファ♯とソ♭は違う。そこはソ♭で弾いてください」

と生徒に言って生徒がソ♭を弾いたら

「いえ、そこはソ♭で弾いて下さい。あなたの音はファ♯です」

と言って生徒が何度、弾き直しても

「いえ!あなたの音はファ♯です。ソ♭で弾いて下さい!」

「違います!あなたの音はファ♯です。何度言ったらわかるんですか?そこはソ♭です!!」

と言って生徒が困惑した・・・という内容が書いてありましたが・・・

それってつまり・・・

嫁いびりの姑もどきじゃないですか?笑。

「コップ一杯持ってきて」

と姑が言って、嫁がコップ一杯持ってきたら

「コップを数多くいっぱい、持ってきてと言ったんじゃ!」

というのと変わらない(笑)。

はたしファ♯とソ♭は違うのか?

そして・・・

某重力もしくは某・・・ロシア奏法のみ、ファ♯とソ♭を全く違う音色で引き分けることが出るというのは本当でしょうか???

この疑問を問いたいのならば

この二人の某一派が大好きな演奏を聴いて下さい。

私にとってはソコロフはかなり乱暴でセンスがないと感じるのですが・・・

そしてトリフォノフノの演奏はこれは私自身は実は好きな演奏なのですが(笑)某極寒国テクを使ってもミスだらけの演奏しかできなかった・・・という演奏ですが。

一番言いたいのは・・・

アグレッシブで激しい大洋エチュードは・・・実はE♭です。

そして3度のエチュードはとても繊細に柔らかく弾いていますが・・・実はG♯です。

所詮、シャープだのフラットなんて、その程度なんです。

作曲家は一般的には確かにイメージでフラット、シャープを選んでいるかもしれない。

でも、考えてみたらそのピアノが昔と違って今は443Hzで調律していたら・・・どうなるでしょうね?

この曲だってG♭じゃなくて、F♯でも書けないことはない。

でもそう書いてあったら・・・やっぱり演奏は違った風に弾くんですか?

ある曲であっても時々転調されている時がある。

その時、もしシャープ系の調になっていたら・・・

鋭く弾くんですか???

異名同音は作曲家や演奏家の「気分」が左右されるのであって、本来の演奏内容は決して変わらない。

だからよくシューベルトのB ♭は死の調という認識だとかベートーベンのFは情熱の赤の調だとか・・・

そんなの当時よりやや高めに調律されてしまったらB ♭=H、F=F♯・・・になってしまう。

正直、異名同音とか何調とかって・・・本当は関係ないと思う。

でないと、調にはそれぞれ色があったら・・・曲の中では絶対転調したらイメージがガラッと変わってしまう、ということになりかねない。

違いますかね?

CdurからもしCesdurに下がったら・・・確かにイメージはディミニエンドで柔らかいイメージでしょう。

でももし、BdurからHdurになったら・・・

イメージはクレッシェンドで鋭くなるでしょう。

でもCesdurとHdurは同じなんじゃ???

CesdurとHdurが根本的に違うわけではない。気持ちだけの問題。

ところでKhatia Buniatishviliの演奏、私は素晴らしいと思いますよ?

ちなみにロシアとはなんのゆかりも無いようですが。

で・・・某極寒国奏法ではファ♯とソ♭を弾き分けることができる特殊な奏法であるとかって・・・

それ・・・ただ単に音が強いか弱いか・・・だけでしょ?笑。

なんでそうやって某極寒国奏法は特殊な奏法であるなんて断言するんだろ?