誰かのために生きるのが人生だと釈迦は言ったとか。

まずは全然関係ない話から。

なんでも小池知事が「8時だよ!全員帰ろう!」

とかいうこと言って、8時以降の飲み屋の営業自粛と共に、会社員の帰宅を促しているらしいけど・・・

何言ってんだこの・場違い・ババー(汗)

誰がドリフターズの番組なんか今の時代、知ってんだっつうの。

・・・・ハイ知ってます。アラフィフかアラシックス(汗)

ここに写ってる子供なんてみんな今じゃアラフィフ親父じゃん(笑)

そんでもって、ここに写ってる観客の中年親父は・・・もうこの世にいない(汗)

おまけに志村けんはコロナで亡くなったっつうのに(汗)。

なんて暗いキャッチフレーズなんだっつうの(汗)

まあそれはいいとして・・・。

真面目な話。

釈迦は自分だけの楽しみとか、自分のためとか、自分中心な考えを戒めています。

自分と相手と、どちらを優先するか?

私はこういう内容に若い頃から悩んできました。

自分にはやりたいことがある。自分を優先したいと。

人は生活していくと、家庭でも社会でも必ず何がしかの「相手」が生まれます。

この世は一人で生きていけるわけじゃない。

何がしかの関係を持ちながら生きている。

そこで自分を中心に考えた時に・・・

必ず破局や荒廃、破滅がいずれ来る。

どんなに有名な人であっても、最終的には必ず社会に貢献しよう、という気持ちにいずれ、変わっていく。

この、貢献にいち早く気がついた人は、多分、幾分の人生の悩みから解放されるんだと思います。

逆に気がつかない人はいつまでも、悩みの多い人生になる。

自分だけの楽しみとか、自分のための人生なんてやっていたら、すぐに人生に飽きて、所詮人生なんて、この程度じゃん、と大きく落胆することになる。

それとは反対に、助けたい人、協力したい人がいれば、そのために自分がもう少し頑張れるような気がする。

ただし、この世は「諸法無我」な世界。

自分の存在など、この世では取るに足らない存在。

多少の人のためには、なってはいるんでしょうが(汗)

人の内側から出てくるエネルギーなんて、実は全て相手のためのエネルギーなのかもしれない。

やや難しい話かもしれませんが・・汗)

わからない人は別にわからなくてもいいです。

所詮、どんな人であっても必ず、釈迦の言う通りに生きているでしょうから。

わからないなら、わからないなりに・・・

普通に生きていれば良いと思います。

思っている以上に・・・

私はこの世のお父さんたちは想像以上に立派だと思いますよ。

ただし、何もわかっちゃいないとは思いますが(汗)