最近生徒がよくカプースチンの曲を持ってくるので、私もよく練習をしています。
とりわけ8つの練習曲は非常に興味があるので私自身も練習をしていて、いずれ動画アップとか人前で弾きたいと思ってはいるのですが・・・
どうも自分の解釈と他の人や本人の(笑)解釈とかなり違ってしまうんですよね(汗)。
いや自分自身でも一応ジャズの即興という感覚で練習はしてはいるんですが・・・
でもどうしてもなんていうか・・・他の人ほど、活気な演奏をしたいと思わなくなってしまうんです。
あんまり速く弾きたくないし、あんまり派手な音で弾きたくない。
なんかビルエバンスみたいな演奏になっちゃうんですよ(笑)wwwww.
でもそれは作曲家本人の演奏とはかけ離れてしまうので、それはやっぱり違うのか?・・・と思ってしまう(汗)。
難しいですね。
ラフマニノフやカプースチンのように、自身の演奏記録が残ってしまうと、他のピアニストはやや弾きにくい時があるような気がする。
それとも・・・私が異端児なのか(汗+?)
そもそもカプースチンの作品はなんかこれって・・・即興演奏のような気がするんです。
だからそういうジャズの即興自身を楽譜にして、そしてそれを他の人が弾くっていうのは本来は邪道な気がする。
それやるんだったら・・・自分で曲を作って弾けよと(笑)。
なんだよそんな曲ぐらいも作れずに他人の即興演奏をコピって弾いてんのかよ(汗)ってね。
カプースチン自身はどう考えているかはわかりませんが(汗)。
カプースチンの曲を弾いていると、どうしてもそういう劣等感に襲われます(汗)。
明らかにカプースチンの曲って即興性が強いと思うんです。
あんまり構造的なものはない。
過去の名作を音楽的に弾くことも大事ですが・・・
現代のピアニストも自分の作品を作って弾いていかないとね(汗)。
よくない作品でもいいから、そうやって活動していかないと、どうしてもクラシック界が廃れてしまう。
というわけで・・・
現在私はカプースチンの曲も変わった解釈で弾きつつ・・・
自分の作品を現在早く仕上げたいと作っているのですが・・・(汗)。
そんなに名作じゃなくて良いと思うんですよ。
なんでもいいから、自分が気に入った作品ならいいんじゃないかと。
そもそも、歴代のショパンとかの作品を超えること自体が無理なんですよ(笑)。
なんか昔、誰だったか・・・忘れたんですが・・・
日本人の作曲家が確か24のプレリュードとフーガを作曲したんですよね。
本当に誰だったか・・・思い出せないんですが・・・。
それで、それを評論家が「この作品はとてもバッハの24のプレリュードとフーガを超えてはいない」
と書いたら本人が
「偉大なバッハの作品を超えられるわけないだろ!。今もこれからもそれはあり得ない。当たり前なことを批評するもんじゃない!」
と怒っていたのを思い出します(笑)
いやそれでいいんだと思いますよ。
大事なことは現代の作曲家、ピアニストの生き方なんでしょう。
でないとクラシック界の作曲家もピアニストも、つまらない音楽ばかりになってしまう。