音楽においてその部分部分にあった音色は必ずしも綺麗な音とは限らない。
ベートーベンの熱情ソナタなんか、結構激しいものがあってあれを激しいところで綺麗な音で弾くことはない。
音色っちゅうものは時に硬い音、鋭い音、爆発音のような音・・・、
幅が広い。だから音色というものはとても幅が広いものがある。
当然それを操るのは結局は楽器においては音量に頼らざるを得ないんだけど・・・
そりゃ音楽を作る時は頭の中では音色の構想ですよ?
でもそれを演奏となると結局はオカルト奏法は知らないけど、結局音量(タッチ力)でしか調整はできない。
ロシア奏法は鍵盤を強く押して床まで押さえるとハンマーが弦を押さえ込んで振動を減らして倍音が伸びないとか意味不明なことを言ってますが・・・笑
人が美しいと感じる音は必ずしも小さい音とは限らない。
激しい熱情の演奏だったらとても、小さい音では務まらない。
そうでなくてもダンタイソンの弟子がショパンプレリュードで拳骨で弾け、と指導していることに矛盾が生じる。
美しい音が音色の至上目的・・・ではなく、その曲にあった音色(硬い音でも柔らかい音でも)を選択する、それが音色の決定なんじゃないの?
別に熱情で鍵盤をずっと押さえている部分だってあるんじゃないの?
ロシアオカルト連中への批判はいずれ年末に
「ロシア奏法連中に物申す」
という題名で全てを暴くyoutubeを作ります。
これはロシア奏法連中にとっては大恐怖だと思いますが・・・
一般人達やロシア奏法に疑問を持っている人たちには大変エンター面で楽しめるyoutubeになると思います。
乞うご期待!
