私がスーパーで半額シールが貼ってある惣菜を物色していた時のことだ(笑)
後ろから「あのー、村田先生ですか?」と言われ•••。
後ろを振り向くと•••見慣れない若い女性がいる。
しかも、びっくりするぐらいの美人でどこかのミスコンテストに余裕で優勝するんじゃないかと思うほどの美人だ。
しかし、とにかく知らない人だった。
「はい、そうですが•••」
何度も見たが、どう考えても私は知らない人だ。
と、その若い女性は
「あの!私です!昔習っていた◯◯です!」
え!•••。
◯◯さんって•••。そういえばそんな顔をしていたかもしれない。なんせあの時は小学3年生ぐらいだったのでその頃からもうだいぶ年月が経って顔自体が成長すると随分違って見えることはよくあることだ。
「え!◯◯さん!•••よく覚えていたね私の顔を(笑)」
しかし、この◯◯さんは、とても深い事情があって、しばらく経ってからいなくなってしまったのだ。
もうかれこれ13年も経とうとしている。
当時、◯◯さんは抜群にピアノがうまくて、すごい才能の持ち主だった。
お母様もすごい熱心で音楽家にでもなってくれたら、という期待を持っていたようだった。
お母様とその彼女はとても仲が良くて、二人三脚でここまできたという感じだった。
だが•••ある時期、突然、お母様が私のところに来て「明日から私は入院しなければいけなくなったんですが、しばらくの間、娘をよろしくお願い致します。なんとか、あの子の才能を伸ばしてやってください」と言われたのだった。
もちろんしばらくの間の入院だから、そりゃまあ•••でもなんかすごい切羽詰まった言い方で尋常じゃなかった。
そうやってお母様と話している間に、お母様の携帯電話がひっきりなしに鳴って、出てみると、ご主人が向こうで色々怒鳴りながら早く帰ってくるようにと言っているようだった。
なんかすごく。普通じゃない感じだったのだが、それからしばらくお母様は入院して全くレッスンについてこなくなった。
今までお母様と二人三脚だったレッスンも彼女一人だけだと、なかなかやる気が出なくなってくる。
こまったなあ•••。でもお母さんと約束したしなあ•••。
そんなやや停滞したレベルのレッスンが続いていた。
お母様は時々退院することもあったがほとんど入退院を繰り返しているようで、いったい何があったんだろう?と思っていたのだが•••。
ある日突然、こ主人から電話がかかってきて「たった今、家内が亡くなりました」と。
聞けば、ずっとガンの闘病生活を送っていたらしい。
通夜に行ってみると、彼女と弟がひどく落胆していた。
もう何も声をかける言葉はなかった。
しばらくして、いつまでも家で悶々としていても•••というご主人の助言でレッスンを再開したのだが、弟が姉に
「ねえ、なんでおかあちゃん、死んじゃったの?」
と聞いて彼女は
「知るわけないでしょー」と泣きながら答えていた。
もう正直、レッスンどころじゃなかった。
彼女にとって、ピアノ=お母さんだったので、とてもこれ以上ピアノを続けることは酷でしかなかった。
しばらくして、なかなかピアノが思うように進まなかったので辞めていったのだが•••。
あれからずっと気掛かりではあった。
なにがって•••
ピアノなんかどうでもいいのだ。
もちろん、お母様との約束はあったのだが•••。
それより•••あの子達がどうなってしまうのかの方が気掛かりだった。
まだ小学低学年である。
あのまま、問題なく育ってくれればいいのだが•••。
あれから10数年。
なんとか彼女も弟も、育ってくれたようだった。
お姉さんは大学を卒業して就職したと言っていたので、なんとか立派に育ってくれたようだった。
ただ、本人に聞くと、その間,いろいろあったらしい。
そりゃそうだろう。
母親がいないというのはあまりにも、大きな問題だ。
親がなくとも子は育つなんて、嘘っぱちでしかない。
しかも、母親というのは子供にとっては重要な存在だ。どう考えても父親よりも重要な存在である。
あまり深くは聞かなかったが、それでも会った時はいい顔をしていたので、まあなんとか乗り越えて今があるんだろう、と少々安心はした。
母親の存在は大きい。
うちの教室のお母さん達はみんな教育熱心だから、ほとんどはいい人たちばっかりだったけど、まれに、よくない人もいた。
なんていうんだろう?ネグレクトといえばいいのか?
母親の教育が立派なら子供がなかなか思うように育ってくれないと言っていても、まあ大なり小なり結果オーライで育ってくれるものだ。
しかし、母親がネグレクトだと、間違いなく子供は大きいダメージを受ける。
ましてや、母親がいなかったら、そのダメージは計り知れない。
私は正直、どんなに社会で女性の地位が上がったとしても、女性に課せられた重要な仕事は子育て関係だと思っている。
母親でしかできない重要な仕事があるのだ。
母親がいなければ、子供はまともに育たない。父親の出る出番なんかじゃない。
ましてや、男に子供は産めない。
あの子達がそれでも、なんとか育ってくれたことには本当にホッとしたものだった。
帰りに、お父さんもそばにいたので、こっそり「再婚はしなかったんですねえ」といたずらっぽく聞いてみたのだが、意外な言葉が返ってきた。
「あの子達にとって母親は、あのお母さんだけだ、っていうんで出来ずじまいでした」と。
そう、娘も似た、すごい美人で熱心で優しいお母さんだった。
世界でたった一人だけのお母さんだったわけだ。
人一人亡くなることは、それだけでもバックに計り知れない影響があるのだ。
「今度教室に遊びにいってもいいですか?」
「おお、いつでも来いよ!」
私にはその程度しか言えない。•••というより•••。
このHP見てなきゃいいんだけど(汗)。
2016.04.26