なんでも遠慮なく言い合える仲ってどうかね?
時々、結婚式で「なんでもお互い言いたいことを素直に言いあえる間柄になりたい」とか聞くんですが・・・
それって・・・すごく危険だと思いますよ?
まあ肯定的なこととか、褒め言葉とかだったら、いくらでも素直に言ってもいいし、そういうことはとても重要なんですが・・・
否定的な内容までも”お互いを理解し合えるために”遠慮なく気兼ねなく言うというのは・・・本当はまずいです(汗)
私思うんですけど・・・
カップルでも夫婦でも長く関係を保ちたかったら、相手に対してのリスペクトと気配りをすんごい大事にしないといけないと思いますよ?
と同時に否定的な言葉は慎むべきだと思います。
これはレッスンでの生徒に対してもそうです。
昔、ポーランドのヤシンスキーという教授が
「生徒には絶対否定的な言葉を言ってはならない。ダメとか、できてないとか。こうしたら良いとか、こうすると良くなるとか、言わなくてはいけない」
と言っていたんですけど、今思うに確かにそうだよなあ、と思います。
それこそまるで関係を壊したくない大事な友人か上司か隣の奥さんに対してみたいに(?)
夫婦だから言いたいことを遠慮なく言うというのはどうかな?
子供が親に対してならまあ・・・許されるけど・・・
親が子供に対してはかなり神経質にならないと本当はこれも危険。
さらに子供と配偶者は違う。簡単に崩壊する。
親子でさえ、断絶ということもあるし。
そうでなくても・・・親子って本当は難しいと思います。
それこそ、自分の親からの仕打ちは我が子に伝授してしまいがちになる。
負の連鎖は意外と起こりやすいんです。
否定的な内容を我慢せずに言う・・・これは相手に対しての甘えなんです。
子供は親に甘える権利がある。
でも逆はありえない。
同じようにパートナーに対しての過度な甘えは危険です。
人間関係は本当に難しくて、それが血のつながらないパートナーだったら尚更、すんごい気を遣わないといけない。
家はくつろぐ場所・・・というのは本当は正しくはないと思っています。
くつろいでもいいんですが・・・それなりの緊張感がないと多分崩壊しやすい。
つまり、例を言うなら・・・
おならですな(笑汗)
この項目は多分各家庭によるとは思いますが・・・。
私の母親は家でもそうですけど公衆の面前でも平気でしてましたね。(?)
流石に子供の頃、ピアノレッスンの付き添いの時には先生の前では我慢していましたが。
外だと、椅子に座っている時はケツを少し浮かせてする。
どちらにしても気配りをする、相手を尊重するということはこれ・・・別の言い方をすると・・・
”我慢”
なんですよ(汗)
でも相手のことが好きだったらそれが我慢とは思わないでしょう。
それが好きでなくなった時に”我慢”になってしまう。
あと、よく聞く言葉なんですが・・・
結婚して人は一人前になる。
・・・いやそれ・・・逆でしょ?汗。
世帯というのはお互いの助け合いのコミュニティなんです。
だから
「誰のおかげで飯が食えてると思ってんだ!?」
「誰のおかげで料理洗濯ができていると思ってんの?」
・・・はい、それ、お互いが仕事分担しているから成り立っている生活なんです。
人は一人では自立しにくい。
だから・・・
本当は独身貴族が一番最強の人種なんですよ(まあ最近はコンビニにコインランドリーというのもありますが)
さらに孤独・逆境にも強い!(笑)
だってそこのあなた!明日から一人で生きていけますか?
それをやっているのは・・・私ですwwww.
本当は夫婦は弱い者同士であって、助け合って生きていかないといけない。
でなければ、母子家庭なんて別に大したことじゃないことになる。
こういう助け合いのコミュニティの中では、決して自分の権利を過度に主張してはいけないと思いますよ?
「私には幸せになる権利がある」
そういうんだったら、そこから出ていけば良いんです。
外には自由という権利があるけど、義務という社会の厳しい掟がある。
弱い者同士だから助け合って生きていけることに感謝しないといけないんじゃないのかな?
その相手への感謝が・・・尊敬、気配りにつながるんじゃないのかな?
若い人たちは付き合うのとは全く違った結婚という異次元の空間をどう乗り切っていけばいいのか?
参考になれば幸いです。
